さて、今日から仕事初めの方も多いと思われます。
僕はフリーですから、祝祭日もほぼ関係なく過ごしている訳ですが、
それでも祝日がある週は、不思議と曜日感覚がおかしくなり
通常の週とは明らかにペースが狂ってしまう事が多々あります。
この正月期間も特に疲れる事をしていないのに
体がガチガチに凝ってしまっていて困ってます。
そして今、カレンダーは全然関係無いのに「今日から仕事初めー!」と、
昨日までよりやる気が出て来ております。
まあ、単純というか、めんどくさい体質というか。
とにかく2009年スタートです。
1/1には例の場所をチェックしてみました。

正月バージョンになってる!
素晴らしい。
これ作ってる人、絶対仕事出来る。
ウサギ娘の名前も判明。

そんな2009年。
実は僕がこの業界に入って、20周年イヤーのようです。
特別な契約やライセンスも無いので
境界線としては言ったもん勝ちという感じですが、
読者投稿ではなく、模型誌作例をやらせて頂いた最初が
89年のホビージャパン誌です。

当時「ホビージャパンフェスティバル」という名称のイベントが夏に行われており、
そこで行われていたプラモコンテストには合計4回出品しました。
高1、高3は大阪のイベントに。
専門学校1、2年は東京のイベントに。
結果全部落選!
けど、4年目の作品返却時に当時HJ誌の佐藤編集長(現・電撃ホビーマガジン編集長)に
「ライターやってみる?」
と声をかけて頂き、
是非!よろしくお願いします!!と即答。
その後数日で一体ガンプラ(0080の1/144FZザク)を完成させて編集部に持ち込み、
その場で
「イングラム作ってみる?」
と、当時新製品であった1/72のパトレイバー主役機を作らせて頂く事になりまして。
(大英断というか、物凄いギャンブルするなって当時も驚きました。
発注しても締め切り守る確証無い、どこのウマの骨?状態だった訳ですし。)
結果

この11月号でいきなり表紙に使って頂けると言うあり得ない展開に。
本当に嬉しかったです。
当時は今より全然社交性も無かったので、
上手くお礼も言えなかったように思えますが、
改めて本当に感謝の気持ちで一杯です。
ここから今に至っている訳ですから。
HJ誌でのライター活動は2年くらいだったと思うのですが、
その後は展示、撮影用模型製作会社に勤務しました。
そして3DCG会社に転職、CG&模型もやる会社に転職を経て
現在のフリーになりました。
個人名はあまり出ていない時期にも、毎年1回は模型誌や
TV・映画等の映像など、表に出る仕事は継続してやってこれました。
CG期間も含めて娯楽産業?とカウントさせて頂くと20周年という事で。
振り返れば要所要所で色んな方に運良く拾い上げてもらってきたなと思います。
昨日もたまたまサンダーロードとそんな話になったのですが、
自分の凡才さに気付けた事が非情に大きなターニングポイントになったと思います。
実際この世には「天才」と称するしかないなって人が存在します。
それはもう明らかに違う人種なんですよね。
その人と対抗しなきゃいけない場面になるならば、
自分なりの武器を見につけるか、
天才の数倍手を動かすしか無いと思います。
僕はここで「じゃあ自分はどうしよう」って考えられた事で
それまでとは違った視点で物を見られる様になりました。
結果的に見てもらっている方々にどう映っているか、
自分の伝えようとしている事が伝わっているのか、
それが正しいのか、間違っているのか等は
時間が経たないと自分でも分からないと思います。
それでもその時々で考えて行動していく事が大事だと思っています。
考えてるだけじゃ駄目で、「行動」がキーです。
こういう仕事をしている以上、
特に同じ業界の作品などに対して
批判するだけの人にならない様に注意したいと思います。
批判される物であっても、作ってるだけいいと思います。
自分が出来ない事がやれている人には
何かしらの理由がある訳ですし。
意見があるなら形で物を言って行きたいなと。
となると年に何回あるかわからないですけどね。
出来るだけ頑張ります。すげー頑張ります。
冒頭で休むと調子狂うって言ってますからね。
もう完全にワーカホリックですから。
それならそれでいいと思います。
基本的に作ってるという日常で。
さあ、2009年頑張って行きましょう。